雅歌1-3 ; ガラテヤ2

雅歌

第1章

1:1ソロモンの雅歌
1:2どうか、あなたの口の口づけをもって、
わたしに口づけしてください。
あなたの愛はぶどう酒にまさり、
1:3あなたのにおい油はかんばしく、
あなたの名は注がれたにおい油のようです。
それゆえ、おとめたちはあなたを愛するのです。
1:4あなたのあとについて、行かせてください。
わたしたちは急いでまいりましょう。
王はわたしをそのへやに連れて行かれた。
わたしたちは、あなたによって喜び楽しみ、
ぶどう酒にまさって、あなたの愛をほめたたえます。
おとめたちは真心をもってあなたを愛します。
1:5エルサレムの娘たちよ、
わたしは黒いけれども美しい。
ケダルの天幕のように、ソロモンのとばりのように。
1:6わたしが日に焼けているがために、
日がわたしを焼いたがために、
わたしを見つめてはならない。
わが母の子らは怒って、わたしにぶどう園を守らせた。
しかし、わたしは自分のぶどう園を守らなかった。
1:7わが魂の愛する者よ、
あなたはどこで、あなたの群れを養い、
昼の時にどこで、それを休ませるのか、
わたしに告げてください。
どうして、わたしはさまよう者のように、
あなたの仲間の群れのかたわらに、
いなければならないのですか。
1:8女のうちの最も美しい者よ、
あなたが知らないなら、群れの足跡に従っていって、
羊飼たちの天幕のかたわらで、
あなたの子やぎを飼いなさい。
1:9わが愛する者よ、
わたしはあなたをパロの車の雌馬になぞらえる。
1:10あなたのほおは美しく飾られ、
あなたの首は宝石をつらねた首飾で美しい。
1:11われわれは銀を散らした金の飾り物を、
あなたのために造ろう。
1:12王がその席に着かれたとき、
わたしのナルドはそのかおりを放った。
1:13わが愛する者は、わたしにとっては、
わたしの乳ぶさの間にある没薬の袋のようです。
1:14わが愛する者は、わたしにとっては、
エンゲデのぶどう園にある
ヘンナ樹の花ぶさのようです。
1:15わが愛する者よ、見よ、あなたは美しい、
見よ、あなたは美しい、あなたの目ははとのようだ。
1:16わが愛する者よ、見よ、あなたは美しく、
まことにりっぱです。
わたしたちの床は緑、
1:17わたしたちの家の梁は香柏、
そのたるきはいとすぎです。

第2章

2:1わたしはシャロンのばら、
谷のゆりです。
2:2おとめたちのうちにわが愛する者のあるのは、
いばらの中にゆりの花があるようだ。
2:3わが愛する者の若人たちの中にあるのは、
林の木の中にりんごの木があるようです。
わたしは大きな喜びをもって、彼の陰にすわった。
彼の与える実はわたしの口に甘かった。
2:4彼はわたしを酒宴の家に連れて行った。
わたしの上にひるがえる彼の旗は愛であった。
2:5干ぶどうをもって、わたしに力をつけ、
りんごをもって、わたしに元気をつけてください。
わたしは愛のために病みわずらっているのです。
2:6どうか、彼の左の手がわたしの頭の下にあり、
右の手がわたしを抱いてくれるように。
2:7エルサレムの娘たちよ、
わたしは、かもしかと野の雌じかをさして、
あなたがたに誓い、お願いする、
愛のおのずから起るときまでは、
ことさらに呼び起すことも、
さますこともしないように。
2:8わが愛する者の声が聞える。
見よ、彼は山をとび、丘をおどり越えて来る。
2:9わが愛する者はかもしかのごとく、
若い雄じかのようです。
見よ、彼はわたしたちの壁のうしろに立ち、
窓からのぞき、格子からうかがっている。
2:10わが愛する者はわたしに語って言う、
「わが愛する者よ、わが麗しき者よ、
立って、出てきなさい。
2:11見よ、冬は過ぎ、
雨もやんで、すでに去り、
2:12もろもろの花は地にあらわれ、
鳥のさえずる時がきた。
山ばとの声がわれわれの地に聞える。
2:13いちじくの木はその実を結び、
ぶどうの木は花咲いて、かんばしいにおいを放つ。
わが愛する者よ、わが麗しき者よ、
立って、出てきなさい。
2:14岩の裂け目、がけの隠れ場におるわがはとよ、
あなたの顔を見せなさい。
あなたの声を聞かせなさい。
あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい。
2:15われわれのためにきつねを捕えよ、
ぶどう園を荒す小ぎつねを捕えよ、
われわれのぶどう園は花盛りだから」と。
2:16わが愛する者はわたしのもの、わたしは彼のもの。
彼はゆりの花の中で、その群れを養っている。
2:17わが愛する者よ、
日の涼しくなるまで、
影の消えるまで、身をかえして出ていって、
険しい山々の上で、かもしかのように、
若い雄じかのようになってください。

第3章

3:1わたしは夜、床の上で、
わが魂の愛する者をたずねた。
わたしは彼をたずねたが、見つからなかった。
わたしは彼を呼んだが、答がなかった。
3:2「わたしは今起きて、町をまわり歩き、
街路や広場で、わが魂の愛する者をたずねよう」と、
彼をたずねたが、見つからなかった。
3:3町をまわり歩く夜回りたちに出会ったので、
「あなたがたは、
わが魂の愛する者を見ましたか」と尋ねた。
3:4わたしが彼らと別れて行くとすぐ、
わが魂の愛する者に出会った。
わたしは彼を引き留めて行かせず、
ついにわが母の家につれて行き、
わたしを産んだ者のへやにはいった。
3:5エルサレムの娘たちよ、
わたしは、かもしかと野の雌じかをさして、
あなたがたに誓い、お願いする、
愛のおのずから起るときまでは、
ことさらに呼び起すことも、
さますこともしないように。
3:6没薬、乳香など、商人のもろもろの香料をもって、
かおりを放ち、
煙の柱のように、荒野から上って来るものは何か。
3:7見よ、あれはソロモンの乗物で、
六十人の勇士がそのまわりにいる。
イスラエルの勇士で、
3:8皆、つるぎをとり、戦いをよくし、
おのおの腰に剣を帯びて、
夜の危険に備えている。
3:9ソロモン王はレバノンの木をもって、
自分のために輿をつくった。
3:10その柱は銀、そのうしろは金、
その座は紫の布でつくった。
その内部にはエルサレムの娘たちが、
愛情をこめてつくった物を張りつけた。
3:11シオンの娘たちよ、出てきてソロモン王を見よ。
彼は婚姻の日、心の喜びの日に、
その母の彼にかぶらせた冠をいただいている。


ガラテヤ

第2章

2:1その後十四年たってから、わたしはバルナバと一緒に、テトスをも連れて、再びエルサレムに上った。2:2そこに上ったのは、啓示によってである。そして、わたしが異邦人の間に宣べ伝えている福音を、人々に示し、「重だった人たち」には個人的に示した。それは、わたしが現に走っており、またすでに走ってきたことが、むだにならないためである。2:3しかし、わたしが連れていたテトスでさえ、ギリシヤ人であったのに、割礼をしいられなかった。2:4それは、忍び込んできたにせ兄弟らがいたので――彼らが忍び込んできたのは、キリスト・イエスにあって持っているわたしたちの自由をねらって、わたしたちを奴隷にするためであった。2:5わたしたちは、福音の真理があなたがたのもとに常にとどまっているように、瞬時も彼らの強要に屈服しなかった。2:6そして、かの「重だった人たち」からは――彼らがどんな人であったにしても、それは、わたしには全く問題ではない。神は人を分け隔てなさらないのだから――事実、かの「重だった人たち」は、わたしに何も加えることをしなかった。2:7それどころか、彼らは、ペテロが割礼の者への福音をゆだねられているように、わたしには無割礼の者への福音がゆだねられていることを認め、2:8(というのは、ペテロに働きかけて割礼の者への使徒の務につかせたかたは、わたしにも働きかけて、異邦人につかわして下さったからである)、2:9かつ、わたしに賜わった恵みを知って、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネとは、わたしとバルナバとに、交わりの手を差し伸べた。そこで、わたしたちは異邦人に行き、彼らは割礼の者に行くことになったのである。2:10ただ一つ、わたしたちが貧しい人々をかえりみるようにとのことであったが、わたしはもとより、この事のためにも大いに努めてきたのである。
2:11ところが、ケパがアンテオケにきたとき、彼に非難すべきことがあったので、わたしは面とむかって彼をなじった。2:12というのは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、彼は異邦人と食を共にしていたのに、彼らがきてからは、割礼の者どもを恐れ、しだいに身を引いて離れて行ったからである。2:13そして、ほかのユダヤ人たちも彼と共に偽善の行為をし、バルナバまでがそのような偽善に引きずり込まれた。2:14彼らが福音の真理に従ってまっすぐに歩いていないのを見て、わたしは衆人の面前でケパに言った、「あなたは、ユダヤ人であるのに、自分自身はユダヤ人のように生活しないで、異邦人のように生活していながら、どうして異邦人にユダヤ人のようになることをしいるのか」。
2:15わたしたちは生れながらのユダヤ人であって、異邦人なる罪人ではないが、2:16人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。2:17しかし、キリストにあって義とされることを求めることによって、わたしたち自身が罪人であるとされるのなら、キリストは罪に仕える者なのであろうか。断じてそうではない。2:18もしわたしが、いったん打ちこわしたものを、再び建てるとすれば、それこそ、自分が違反者であることを表明することになる。2:19わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。2:20生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。2:21わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。


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